今日の社説

2017/03/25 02:35

能登地震から10年 半島の潜在力を生かしたい

 能登半島地震が発生してから10年が過ぎた。被害の大きかった地域でも建物や道路の修復が終わり、復興は順調に進んでいるように見える。困難を乗り越えた人々が希望を持って前に進むことを期待したい。

 突然の地震は平穏な暮らしにさまざまな影響をもたらした。生活を再建するのが難しくて地元を離れざるを得なかった人もいただろう。過疎化と高齢化が進む中で活力を生むのは簡単ではない。それでも可能性はあるはずだ。

 北陸新幹線が開業してから能登を訪れる観光客は増えている。素朴な風景には地元の人々が見過ごしていた魅力が潜んでいたのだろう。地震から10年を節目にして、半島の潜在力を生かす道を探っていきたい。

 この10年の間に能登の過疎化は一段と進んだ。国土交通省が発表した公示地価を見ても能登の地価下落には歯止めがかかっていない。人口が減り、経済活動に盛り上がりがみられないことが影響しているのだろうが、現状を悲観していても仕方がない。

 地価の安さは移住を考える人から見ると利点になる。耕作放棄地の増加に着目して農業に参入する動きも出てきた。海に突き出た地形は農業に適しているという。能登の里山里海が世界農業遺産に認定された2011年以降、27法人が営農を始めたのは半島の潜在力が発揮された好例と言える。

 県の誘致を受けて穴水町に進出した企業はブナシメジをつくる工場周辺の耕作放棄地でサラダ用若葉を栽培している。のと里山海道が無料化され、能越自動車道の整備が進んだことで、交通の不便さはかなり解消された。農業の適地として能登の再生が進む展開を期待したい。

 地震から10年を経て、今後は地震で得た教訓を風化させないことも課題になる。発生当時、安否確認が迅速に進んだのは住民のつながりが強かったからである。

 防災士の資格取得者は人口1千人当たりでみると奥能登4市町が多い。地震の被害に直面したことで住民の防災意識が高まったからだろう。地域に根付いた共助の気風は能登の財産であり、大切にしていきたい。

日米経済対話 同盟の成熟度も試される

 日米両政府は「ハイレベル経済対話」の初会合を4月18日に東京で開催する方針を固めた。麻生太郎副総理兼財務相とペンス副大統領を責任者とする経済対話の枠組みは、2月の日米首脳会談で設置が決められ、インフラ投資などの経済協力や貿易ルール、マクロ経済政策が主テーマとなるが、日米の思惑の違いが早くも表面化している。

 日米の通商交渉は1970年代の繊維交渉をはじめ、牛肉・オレンジ、自動車、半導体協議、包括経済協議など、さまざまな分野、テーマで繰り返されてきた。日本の輸出規制や市場開放、規制緩和などを求める米側の圧力は強く、交渉に当たっては、安全保障での米国依存が日本側の「弱み」となる面もあった。

 米国の貿易赤字縮小を第一とするトランプ政権も、日米安保を取引材料にして圧力をかけてくるのではないかとの不安が拭えず、通商協議は極めて厳しいものになると予想される。が、経済面の対立で日米同盟の信頼関係まで揺らぐことがあってはならない。そうした意味で、今後のハイレベル経済対話は、日米同盟の成熟度が試される場ともなろう。

 経済対話の開始をにらみ、米側は既に攻勢をかけている。世界貿易機関(WTO)に対する意見書で、日本の自動車の非関税障壁と農産物の高関税を指摘して市場開放を求めたのに続き、通商代表部(USTR)代表に指名されたロバート・ライトハイザー氏は米上院公聴会で、米国産農産物の輸出市場として、日本を第一の標的にすると強調した。米側が照準を合わせる自動車と農産物市場は、日本側にとってほとんど譲歩の余地はなく、政府は米国内のインフラ整備や資源開発での協力を優先させたい考えである。

 外交・安全保障では、マティス国防長官、ティラーソン国務長官が早々と日本を訪れ、日米同盟の堅持や尖閣諸島が日米安保条約の適用対象であることを明言して日本側を安心させる一方、通商交渉では強硬な姿勢をみせる。こうした対応自体、経済対話に向けた揺さぶりとなっている。