きょうのコラム『時鐘』

2017/03/25 02:30

 10年前(ねんまえ)の能登半島地震(のとはんとうじしん)の発生時(はっせいじ)、消防庁(しょうぼうちょう)では直(ただ)ちに災害想定(さいがいそうてい)システムを使(つか)って被害予測作業(ひがいよそくさぎょう)に入(はい)った

地盤(じばん)の固(かた)さや住宅地(じゅうたくち)の構造(こうぞう)などのデータを入力(にゅうりょく)しておき、震度(しんど)から被害(ひがい)の規模(きぼ)を推定(すいてい)するのである。予測(よそく)システムは約(やく)20人(にん)の死者(ししゃ)が出(で)る恐(おそ)れを示(しめ)した。また別(べつ)の機関(きかん)の予測では中越地震並(ちゅうえつじしんな)みの60人の犠牲(ぎせい)が出るとの声(こえ)もあったという

能登各地(のとかくち)で約2400棟(むね)の住宅(じゅうたく)が全半壊(ぜんはんかい)した。が、犠牲者(しゃ)は1人で、住宅倒壊(とうかい)での圧死者(あっししゃ)は出(で)なかった。死者(ししゃ)の悲(かな)しみや苦悩(くのう)を数(かず)で表(あらわ)すことは非礼(ひれい)であり、家族(かぞく)や地域(ちいき)の受(う)けた傷(きず)は深(ふか)かったのは無論(むろん)だが、住宅犠牲者のなかったことは科学的研究(かがくてきけんきゅう)テーマになった

なぜか。雪国(ゆきぐに)の家(いえ)は頑丈(がんじょう)で倒壊(とうかい)しなかった。あるいは、能登の民家(みんか)は広(ひろ)い座敷空間(ざしきくうかん)があって、家(いえ)は倒(たお)れてもその隙間(すきま)に入って助(たす)かったのではないかと言(い)われた。どれも推測(すいそく)に過(す)ぎない。詳(くわ)しい分析(ぶんせき)はされないままである

データ入力にも先入観(せんにゅうかん)というものはなかったのか。「老人(ろうじん)は弱(よわ)くて、過疎地(かそち)には助(たす)け合(あ)う力(ちから)がない」と。だが、生(い)きる知恵(ちえ)はどこの土地(とち)にもある。あの地震(じしん)で学(まな)んだのは「老人力(りょく)」だった。