きょうのコラム『時鐘』

2018/05/25 01:14

 死(し)ぬ気(き)でやれ、と修(しゅ)行(ぎょう)の厳(きび)しさを諭(さと)されて、一目散(いちもくさん)に逃(に)げ出(だ)した。そんな思(おも)い出(で)をアメリカ人の禅僧(ぜんそう)に聞(き)いたことがある。殺(ころ)されてはたまらぬ、と思(おも)ったそうである

叱咤(しった)激(げき)励(れい)の根性論(こんじょうろん)が、時(とき)と場(ば)合(あい)によっては誤解(ごかい)や間(ま)違(ちが)いを呼(よ)ぶ。「つぶしてこい」は、相手(あいて)にケガをさせろという指(し)示(じ)ではない、という聞(き)き苦(ぐる)しい弁明(べんめい)があったばかりである。良(よ)き師(し)を得(え)て修行に戻(もど)った禅僧は、「江戸時代(えどじだい)みたいな指導(しどう)」と、死ぬ気を持(も)ち出(だ)す励(はげ)ましを、いまも嫌(きら)う

嫌いな言(こと)葉(ば)をもう一(ひと)つ教(おそ)わった。「東洋(とうよう)の奥深(おくぶか)い禅の心(こころ)が西洋人(せいようじん)に分(わ)かるのか」。そう聞(き)かれるたび、あなたは分(わ)かるのですか、と問(と)い返(かえ)す。決(き)まって相手は薄笑(うすわら)いを浮(う)かべて黙(だま)るとか

アメリカ生(う)まれのスポーツの精神(せいしん)が、あなた方(がた)に分かるのか。そう聞(き)かれたなら大概(たいがい)、カチンとくる。が、やっぱり分かってないな、と言(い)われても仕方(しかた)がない悪質(あくしつ)な反則(はんそく)があり、耳障(みみざわ)りな弁明があった

自分(じぶん)のことを高(たか)い棚(たな)に上(あ)げて、「死ぬ気でやれ」「つぶしてこい」と威勢良(いせいよ)くぶつ。われらの遺伝子(いでんし)に、そんな厄介(やっかい)なものが紛(まぎ)れ込(こ)んでいるのだとしたら、何(なん)とも切(せつ)ない。