きょうのコラム『時鐘』

2017/02/27 01:06

 万(まん)に一(ひと)つ、宝(たから)くじに当(あ)たったら乗(の)ってみるか、と一読(いちどく)した。豪(ごう)華(か)寝台列車(しんだいれっしゃ)お披露目(ひろめ)の記(き)事(じ)である

値段(ねだん)の最(さい)高(こう)は2泊(はく)3日(か)で1人125万円(まんえん)。乗ったところで、元(もと)をとろうと眠(ねむ)る時間(じかん)を惜(お)しんであちこちうろつき、疲(つか)れ果(は)てて終(お)わるのが関(せき)の山(やま)か。この間(あいだ)まで北陸(ほくりく)線(せん)も走(はし)っていた憧(あこが)れの寝台列車である。いつか乗る日(ひ)を夢見(ゆめみ)ていたが、どんどん遠(とお)ざかっていく

天丼(てんどん)に松(まつ)、竹(たけ)、梅(うめ)のランクがある。松を選(えら)ぶ気(き)など最初(さいしょ)からないのに、「竹でいいか」と口(くち)に出(だ)して注文(ちゅうもん)する性分(しょうぶん)である。その小(こ)ざかしい「中流気取(ちゅうりゅうきど)り」が気(き)に食(く)わぬ、と口(くち)の悪(わる)い知(ち)人(じん)に笑(わら)われる

何(なに)を言(い)うか。ぜいたくを戒(いまし)めて、向上(こうじょう)を志(こころざ)す。この「中流意識(いしき)」こそ、いまの繁栄(はんえい)を築(きず)いてきたのではないか。そう反(はん)論(ろん)してきたのだが、くだんの豪華列車が予(よ)約(やく)で満杯(まんぱい)と聞(き)いて、ため息(いき)が出(で)る。もはや「天丼は松」の時代(じだい)か

いくらお金(かね)を使(つか)っても乗(の)れない列車(れっしゃ)だってある。通路(つうろ)に新聞紙(しんぶんし)を敷(し)き、乗り合(あ)わせた客(きゃく)とコップ酒(ざけ)を傾(かたむ)け、ミカンのやり取(や)りをした夜(よ)汽車(ぎしゃ)の旅(たび)。人の情(なさ)けに触(ふ)れた思(おも)い出(で)の旅こそ特上(とくじょう)である。負(ま)け惜(お)しみを承知(しょうち)で、そう思(おも)う。