きょうのコラム『時鐘』

2017/01/19 01:20

 ことし最初(さいしょ)の雪(ゆき)かきで、腰(こし)が痛(いた)くなった。あれしきの雪でバテるとは実(じつ)に情(なさ)けない

始(はじ)めるのは億劫(おっくう)だが、やり出(だ)すと、雪かきは夢中(むちゅう)になる。豪雪(ごうせつ)に難儀(なんぎ)する人(ひと)たちのニュースが流(なが)れるのに、雪かきが楽(たの)しいとうそぶくのは申(もう)し訳(わけ)ないが、純白(じゅんぱく)の雪を相手(あいて)に汗(あせ)をかく爽快(そうかい)感(かん)は格別(かくべつ)である

近所(きんじょ)の小公園(しょうこうえん)に小(ちい)さな雪(ゆき)だるまができていた。雪(ゆき)玉(だま)を丸(まる)めて重(かさ)ねただけで、何(なん)とも味気(あじけ)ない。眉(まゆ)は炭(すみ)、目(め)は炭団(たどん)、鼻(はな)はできれば人参(にんじん)が望(のぞ)ましい。そう教(おし)えてやりたいが、口(くち)うるさい親(おや)たちに叱(しか)られそうである。貧相(ひんそう)な雪だるまに同情(どうじょう)する

車社会(くるましゃかい)になって、道路(どうろ)の雪かきもせわしなくなった。かつては、少々(しょうしょう)の雪なら踏(ふ)み固(かた)めて歩(ある)いた。堅(かた)く締(し)まった雪がキュッキュッと音(おと)を立(た)てる。あの心地(ここち)よさも、忘(わす)れかけてきた。近(ちか)ごろの雪は、邪魔(じゃま)もの、厄(やっ)介(かい)ものとして、邪険(じゃけん)に扱(あつか)われるだけか

街(まち)へ出(で)たら、滑(すべ)る歩道(ほどう)に足(あし)を取(と)られながら歓声(かんせい)を上(あ)げる観光客(かんこうきゃく)たちに出(で)会(あ)った。何とも気楽(きらく)なことと、皮肉(ひにく)な目(め)を向(む)けたが、短時間(たんじかん)の雪かきで体(からだ)がへばるわが身(み)も五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)か。雪国(ゆきぐに)育(そだ)ちの自慢(じまん)とメッキが年(ねん)々(ねん)、はげてくる。